* スペインの印象 *
いま、スペインの旅を振り返って、改めて、スペインという国が如何に魅力のある国であったかをいろいろ思い出しています。
今まで訪ねたヨーロッパの国々とは雰囲気が違いました。マドリッドやバルセロナの中心街は別として、例えばトレド、コルドバ、グラナダの旧市街に行くと、他のヨーロッパの古い町の旧市街とは違った雰囲気を感じます。何かエキゾチックなものを感じました。・・・それはイスラムの香りです。
8世紀から15世紀にかけてイベリア半島を支配したイスラム勢力はアルハンブラの開城を最後としてスペインから追い出されてしまいますが、その間に文化や風俗の混淆?が進み、その名残が今に残されています。
寺院の塔や城壁の形や色、建物の内部の装飾、あの緻密な幾何学模様の気の遠くなるような繰り返し。
そこに住む人々のこころの中にもそれはまだ生き続けているように思われました。
マドリッドからコルドバまでスペインの新幹線に乗って行きましたが、窓の外に流れる風景にも、日本と異質なものを感じました。殆どがなだらかな丘陵地の連続。そこにはどこまでもオリーブの林。田畑というものがあまりありません。その上には真っ青な青空。日本の風景にある”湿度”というものが感じられませんでした
こういうものは人間心理に影響するものなのかなと思いました。
ただし、これは内陸部のことであって、地中海の沿岸地方では違うようです。
* ”イスラムの寛容”について *旅行中、スペインを支配したイスラム勢力について、大変寛容であった、という話をよく聞きました。
711年、アフリカからジブラルタル海峡を渡ってイベリア半島に上陸したイスラム教徒は、それまでこの地にいたキリスト教徒を支配しましたが、彼らはイスラムへの改宗を強要しなかったばかりか、ユダヤ教徒とも融和的な政策を進め、一時は3つの宗教勢力が共存していたという、ある種の理想郷をつくっていたというのです。
逆に、15世紀になって、レコンキスタでイスラム勢力を駆逐したキリスト教勢力はイスラムとユダヤを徹底的に排し、悪名高き宗教裁判(異端審判)を始めて異教徒を次々に火刑台に送り込んだのです。
”イスラムが寛容であった”、といわれても最近の自爆テロや9・11のテロを見聞きしている我々は俄かには信じることができませんが、かっては、スペインにおいては”イスラムは寛容であった”のだそうです。
その当時でも東方のイスラム特にオスマントルコはキリスト教徒と血で血を洗う戦いを繰り返し、コンスタンチノープルを陥落させ、ウィーンにまで侵攻しました。そんな歴史の中に、”寛容”という言葉を使うことは躊躇します。
西方のスペインのイスラム勢力だけが寛容だったのでしょうか。
当初、イベリア半島に進出したイスラムは後ウマイヤ王朝といって、同じイスラムでも東方のイスラム(アッバース王朝)に敵対する勢力であったことが影響しているのかもしれません。
キリスト教勢力が不寛容だといっても、コルドバのメスキータやグラナダのアルハンブラ宮殿を見ると、イスラムのモスクの中にキリスト教の聖堂を造っており、キリスト教徒もイスラムの文化にある種の敬意を表していたように思われます。
このようなことを考えると、スペインという土地自体に”寛容”という言葉につながる特殊な要因があるのかとも考えてしまいます。
下の写真左側は、キリスト教の礼拝所、右はイスラム教の礼拝所、何れもコルドバのメスキータの中にあって2つの宗教が”共存”している。
* 中庭(パティオ) *コルドバやグラナダの旧市街にある宮殿や古い住宅には、パティオと呼ばれる中庭が造られています。そこにはオレンジの木が植えられて実が鈴なりになり、周囲には草花がきれいな花を咲かせ、中央には泉水が水を噴き上げています。
表通りの石造りの壁と石畳の道からパティオに入るとほっとします。癒しの空間です。私はこれは砂漠の中のオアシスを連想させるのでイスラムの建築に付きものかと思いましたが、ものの本によると、どうやらローマ時代に起源があるようです。
今度の旅行ではコルドバの旧ユダヤ人街にある古い民家のパティオが特に印象に残りました。オレンジの実の色と緑の葉のコントラスト、周囲の住宅の壁を彩るきれいは花々、小奇麗な中央の噴水、本当にほっとする空間でした。
日本人にも中庭をつくる文化があります。それとどこかで共通するものを感じました。私の郷里の実家にも昔は小さいながらも中庭があって記憶の中にあります。そんなことがパティオを見るときに心のどこかに蘇ってくるのかもしれません。
下の写真、左はコルドバの旧ユダヤ人街にて、右はコルドバのメスキータの中で。

* セビリアへの憧れ *セビリアはアンダルシア地方にあって、コルドバの西120kmのところにあります。今回残念ながら、セビリアを訪れることができませんでした。
この町は、私の好きなオペラの舞台になっているので、どうしても行きたかった町のひとつです。モーツァルトの「フィガロの結婚」、ロッシーニの「セビリアの理髪師」、ビゼーの「カルメン」など有名なオペラがここを舞台に繰り広げられているからです。
スペインの古都といわれる他の町、トレド、コルドバ、グラナダなどはオペラにはあまり出てきません。セビリアには物語の舞台となるべき特別な理由があるのでしょうか。そんなわけを知りたいのも、セビリアに行きたかった理由です。
次にスペインに行く機会があったらその時はぜひ行きたい町です。
セビリアの他では、港町のマラガ、カディス、バレンシア、内陸の町では、セゴビア、アビラ、サラゴサ、レオン、ブルゴスそしてサンディエゴ・デ・コンポステラ・・・きりがありません。
駄文を連ねてきたこの旅の備忘録もそろそろ終わりです。
この旅は、年に1回の贅沢です。
来年、またオペラツァーに行けるだろうか。 メンバーが高齢化してきたので、ツァーがあるかどうかわかりませんが、夢はもう次の旅に飛んでいます。