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ちっご川の川辺から

chusan1.exblog.jp

日々表情の変わる筑後川を見ながら・・・

今年の夏は暑かったり、天候不順が続いたり、とあまりすっきりした夏ではありませんでした。
夕焼けの華麗な一瞬を狙っていましたが、結局いい写真は撮れませんでした。
台風が来なかったこともあると思います。台風が接近すると雲行きが妖しくなって気味の悪い夕焼けになるのですが・・・
しかし、今年の夏の記憶に、と少しアップしてみました。







# by chusan1 | 2011-08-29 19:36 | ちっご川
今年も、NHKでバイロイト音楽祭の生中継がありました。
私は、向こうに行って生でこの音楽祭を見ることはできそうもないので、NHKのこの企画は大変ありがたいことです。
今回の生中継の演目はワーグナーの「ローエングリン」。時代は中世、ところはドイツ・ブラバント公国。キリスト教の聖杯伝説にまつわる、白鳥の騎士の物語です。(解説の受け売りですが、「鶴の恩返し」と似たような話です)


ハンス・ノイエンフェルス演出
アンドリス・ネルソンズ指揮
バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団

ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ:アネッテ・ダッシュ
テルラムント:トマス・トマソン
オルトルート:ペトラ・ラング
国王:ゲオルク・ツェッペンフェルト
伝令:サミュエル・ユン


いろいろ、感ずるところがありました。
先ずは、歌手。タイトルロール(題名役)を歌った、クラウス・フローリアン・フォークト。実はこの人の声は今年春のスペインオペラツァーで聞いてきたばかりなのです。
バルセロナのリセウ劇場で、同じワーグナーの「パルシファル」でやはりタイトルロールを歌っていました。
ローエングリンはパルシファルの息子という設定なので、これも何かの関連付けのようなものがあったのでしょうか。

その時の若々しくソフトな歌声に感心しましたが、実はこんなに実力のある有名な歌手とは知りませんでした。
もちろん、バイロイトでローエングリンを歌うなど、全く知りませんでしたので感激です。
相変わらず、柔らかな声でしかも時に応じて力強さもあって非常に良かったと思います。筋肉質の体型でルックスもバッチリです。欲をいえば、ヘルデンテノールとして声に一段上の”高貴な強さ”があったら、と思いますが、私にはもう十分です。

エルザのアンネッテ・ダッシュも初めて見ましたが、素晴らしかったです。演技も上手いと思いました。
フォークトとの相性も良かったと思います。







演出は、相変わらずというべきか、モダンというより珍奇な演出で、どうしてもいいとは思えません。合唱団がみな”ねずみ”! これが妙に凝った被り物で手足はけっこうリアルです。 カワイイと言えなくもないのですが、物語とどういうつながりがあるのでしょうか。
特に違和感があったのは、最後に出てくるブラバントのお世継ぎの”胎児” 。気味悪いメイク(被り物?)で自分のへその緒をちぎって放り投げていましたが、これこそ意味がわかりません。
歌と音楽は良かったのにすっきりしません。カーテンコールでは演出家に対しては拍手が少なかったように思いました。

オペラ通の向こうのファンはどう感じていたのか聞いてみたくなりました。従来のありきたりの演出はアキアキした、というのは分からないでもないのですが、もう少し別の演出でもいいのでは?

とは言っても、音楽が良かった分、楽しみました。
フォークトはヨナス・カウフマンの代役だったという記事をネットで見ました。カウフマンだったらどんな歌を聞かせてくれただろう、と勝手に想像しています。


YouTubeに第3幕への前奏曲と「婚礼の合唱」の場面がアップされていましたので、URLをはりつけてみました。
(約15分と長いです・字幕も英語ですが)
ねずみの合唱団がここでは結構可愛らしい演技をしています。

http://www.youtube.com/watch?v=-_xZPoDelwE
# by chusan1 | 2011-08-22 11:10 | オペラ
       小学校の時のクラス会で、わが産土の地、静岡に行ってきました。

       生まれ育った所に帰って嬉しいのは、古い友達と懐かしい風景との再会です。
       静岡についていえば、風景は圧倒的に”富士山”です。晴れた日には子供のころから毎日のように見ていました。

       日本人はそれぞれ富士に対する思いがあると思いますが、静岡人にとってはその思い入れは格別です。
       今回は天気に恵まれて、久しぶりにきれいな富士山が見えました。


       この季節の富士山は、雪がほどほどに残っていて、素敵です。
       子供のころの記憶にあるイメージはこの富士です。



       写真はJR静岡駅前にできたビルの24階から撮りましたが、本当は近くの山―安倍川流域の1000m位の山
       の頂上から見える富士が私にとっての最高の富士山です。
# by chusan1 | 2011-05-26 02:10 | その他
* パリのギュスターヴ・モロー美術館 *


同行のIさんのガイドで、パリにあるギュスターヴ・モロー美術館に行きました。この美術館があることも知りませんでしたし、モローのこともよく知らなかったので、取りあえずついて行ったというところでしたが、なかなか面白かったです。

美術館といってもパリの中心に近い市街地のこじんまりとした普通の家で、彼が住んでいた住居だったようです。

モロー(1826-1898)については、かすかに名前だけ頭にありましたが、行ってみて初めてこの画家の輪郭のようなものが記憶に残りました。
ヨーロッパによくあるキリスト教の宗教画よりは共感するものがありました。どこか、日本の古代の神話の世界と共通するものも感じました。

頭によぎったのは、 久留米の石橋美術館にある青木繁の《わだつみのいろこの宮》でした。あとは、少し違うけれど、藤島武二の《天平の面影》など。
← 「サロメ」   ↓ 狭い館内に絵がいっぱい

妖しげな天上の神秘の世界。音楽の方だったら、ベルリオーズの「幻想交響曲」とか、オペラではグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」かな。



# by chusan1 | 2011-05-07 23:33 | スペインオペラツァー
* スペインの印象 *

いま、スペインの旅を振り返って、改めて、スペインという国が如何に魅力のある国であったかをいろいろ思い出しています。
今まで訪ねたヨーロッパの国々とは雰囲気が違いました。マドリッドやバルセロナの中心街は別として、例えばトレド、コルドバ、グラナダの旧市街に行くと、他のヨーロッパの古い町の旧市街とは違った雰囲気を感じます。何かエキゾチックなものを感じました。・・・それはイスラムの香りです。

8世紀から15世紀にかけてイベリア半島を支配したイスラム勢力はアルハンブラの開城を最後としてスペインから追い出されてしまいますが、その間に文化や風俗の混淆?が進み、その名残が今に残されています。
寺院の塔や城壁の形や色、建物の内部の装飾、あの緻密な幾何学模様の気の遠くなるような繰り返し。
そこに住む人々のこころの中にもそれはまだ生き続けているように思われました。

マドリッドからコルドバまでスペインの新幹線に乗って行きましたが、窓の外に流れる風景にも、日本と異質なものを感じました。殆どがなだらかな丘陵地の連続。そこにはどこまでもオリーブの林。田畑というものがあまりありません。その上には真っ青な青空。日本の風景にある”湿度”というものが感じられませんでした
こういうものは人間心理に影響するものなのかなと思いました。
ただし、これは内陸部のことであって、地中海の沿岸地方では違うようです。


* ”イスラムの寛容”について *

旅行中、スペインを支配したイスラム勢力について、大変寛容であった、という話をよく聞きました。
711年、アフリカからジブラルタル海峡を渡ってイベリア半島に上陸したイスラム教徒は、それまでこの地にいたキリスト教徒を支配しましたが、彼らはイスラムへの改宗を強要しなかったばかりか、ユダヤ教徒とも融和的な政策を進め、一時は3つの宗教勢力が共存していたという、ある種の理想郷をつくっていたというのです。

逆に、15世紀になって、レコンキスタでイスラム勢力を駆逐したキリスト教勢力はイスラムとユダヤを徹底的に排し、悪名高き宗教裁判(異端審判)を始めて異教徒を次々に火刑台に送り込んだのです。
”イスラムが寛容であった”、といわれても最近の自爆テロや9・11のテロを見聞きしている我々は俄かには信じることができませんが、かっては、スペインにおいては”イスラムは寛容であった”のだそうです。
その当時でも東方のイスラム特にオスマントルコはキリスト教徒と血で血を洗う戦いを繰り返し、コンスタンチノープルを陥落させ、ウィーンにまで侵攻しました。そんな歴史の中に、”寛容”という言葉を使うことは躊躇します。

西方のスペインのイスラム勢力だけが寛容だったのでしょうか。
当初、イベリア半島に進出したイスラムは後ウマイヤ王朝といって、同じイスラムでも東方のイスラム(アッバース王朝)に敵対する勢力であったことが影響しているのかもしれません。
キリスト教勢力が不寛容だといっても、コルドバのメスキータやグラナダのアルハンブラ宮殿を見ると、イスラムのモスクの中にキリスト教の聖堂を造っており、キリスト教徒もイスラムの文化にある種の敬意を表していたように思われます。
このようなことを考えると、スペインという土地自体に”寛容”という言葉につながる特殊な要因があるのかとも考えてしまいます。
下の写真左側は、キリスト教の礼拝所、右はイスラム教の礼拝所、何れもコルドバのメスキータの中にあって2つの宗教が”共存”している。





* 中庭(パティオ) *

コルドバやグラナダの旧市街にある宮殿や古い住宅には、パティオと呼ばれる中庭が造られています。そこにはオレンジの木が植えられて実が鈴なりになり、周囲には草花がきれいな花を咲かせ、中央には泉水が水を噴き上げています。
表通りの石造りの壁と石畳の道からパティオに入るとほっとします。癒しの空間です。私はこれは砂漠の中のオアシスを連想させるのでイスラムの建築に付きものかと思いましたが、ものの本によると、どうやらローマ時代に起源があるようです。
今度の旅行ではコルドバの旧ユダヤ人街にある古い民家のパティオが特に印象に残りました。オレンジの実の色と緑の葉のコントラスト、周囲の住宅の壁を彩るきれいは花々、小奇麗な中央の噴水、本当にほっとする空間でした。
日本人にも中庭をつくる文化があります。それとどこかで共通するものを感じました。私の郷里の実家にも昔は小さいながらも中庭があって記憶の中にあります。そんなことがパティオを見るときに心のどこかに蘇ってくるのかもしれません。
下の写真、左はコルドバの旧ユダヤ人街にて、右はコルドバのメスキータの中で。



* セビリアへの憧れ *

セビリアはアンダルシア地方にあって、コルドバの西120kmのところにあります。今回残念ながら、セビリアを訪れることができませんでした。
この町は、私の好きなオペラの舞台になっているので、どうしても行きたかった町のひとつです。モーツァルトの「フィガロの結婚」、ロッシーニの「セビリアの理髪師」、ビゼーの「カルメン」など有名なオペラがここを舞台に繰り広げられているからです。
スペインの古都といわれる他の町、トレド、コルドバ、グラナダなどはオペラにはあまり出てきません。セビリアには物語の舞台となるべき特別な理由があるのでしょうか。そんなわけを知りたいのも、セビリアに行きたかった理由です。
次にスペインに行く機会があったらその時はぜひ行きたい町です。
セビリアの他では、港町のマラガ、カディス、バレンシア、内陸の町では、セゴビア、アビラ、サラゴサ、レオン、ブルゴスそしてサンディエゴ・デ・コンポステラ・・・きりがありません。

駄文を連ねてきたこの旅の備忘録もそろそろ終わりです。
この旅は、年に1回の贅沢です。
来年、またオペラツァーに行けるだろうか。  メンバーが高齢化してきたので、ツァーがあるかどうかわかりませんが、夢はもう次の旅に飛んでいます。
# by chusan1 | 2011-04-30 23:55 | スペインオペラツァー
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